江戸時代の民家「旧 長沢家住宅」を中心に、管理棟、庭などで構成される区域を都筑民家園といいます。

長沢家は、横浜市歴史博物館から程近い都筑郡牛久保村(現在の都筑区牛久保町)にあった旧家で、江戸時代の一時期、村方三役の名主役や組頭を務めています。旧長沢家住宅の建築年代は、新しい形式も取り入れられているものの、柱の一部にチョウナ仕上げが見られること、土間境の柱が大黒柱となっていないこと等の古い形式を残しているため、横浜に残っている民家の中ではかなり古いものであることがわかりました。

長沢家が建っていたかつての環境は、丘陵地の裾にあって、屋敷の南側が谷戸田の水田で、その東に肥料小屋の「しもや」、西南に物置、東南に車庫があって、東北には竹藪、北側には太いケヤキの老木がありました。

主屋・馬屋

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主屋・馬屋
主屋と馬屋はロウカでつながれ、棟をそろえて連続して建てられています。主屋の柱は一間毎にたてられ、各柱間には板戸2枚と障子戸1枚が入ります。

主屋の内部

Oku & Oku-noma

1. オクノマ・オク
名主の役宅としての接客間で、2室とも畳敷きで天井が張られ、オクには奥行3尺の床の間がついています。当時の家格の高さをあらわしています。
Hiroma

2. ヒロマ
広い板敷きの間は、家族の日常の間として、食事や団欒、親しい人の接客、また夜なべ仕事などに使われました。
土間・ヒロマ境

3. 土間・ヒロマ境
土間とヒロマ境の4本の柱は、まだ大黒柱という意識が見られず、ほとんど同じ太さとなっています。
Doma

4. 土間
広い土間は、収穫した穀類の調製などの作業の場として、農家にはなくてはならない空間でした。土間の奥が炊事をするダイドコロです。
間取り図

茶室

Cha-sitsu

茶室 輪亭・鶴雲菴
2010年に横浜まち普請事業で建設された数寄屋風茶室。八畳広間(輪亭)と三畳台目の小間(鶴雲菴)、水屋で構成されています。